国民の意思を決定付けるのはメディアが役割を果たしてきた歴史

  • 8 July 2015
  • WEB情報屋

今から70年ほど前の1944年7月20日、貴族であったクラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐がヒトラーを暗殺しようとして机の下に爆弾を仕掛けて会議室を後にしたのですが、ヒトラーが死ななかったので、「ワルキューレ作戦」と名づけられたこの作戦は失敗に終わります。作戦が失敗したのは、ヒトラーが死ななかったからということもあったのですが、失敗の要因はそれだけではありません。

このワルキューレ作戦を見ても分かるのですけど、ドイツの上層部というのは貴族出身で固められている事が分かります。シュタウフェンベルク大佐も貴族の家庭出身ですし、パリでクーデターを成功させたシュテュルプナーゲルも姓にフォンを持つ貴族の出身でした。こうした貴族の多くがドイツの軍部中枢で活動していた事が分かります。こういった構造は日本よりもヨーロッパの方がさらに明確なようで、戦争の最前線に貴族が出て行く事は昔から珍しくなかったようです。

ヒトラー派が放送局を占拠できず失敗

オルブリヒトの副官クイルンハイム大佐が発動を拒否したフロムに代わってワルキューレ作戦を発動。パリではクーデター・グループのカール=ハインリヒ・フォン・シュテュルプナーゲル大将がフランス駐留軍司令官をしており、この人が非常に優秀であったので、パリが親衛隊SS軍団1200人を逮捕・拘束してクーデターが成功したのでした。それはパリだけの話で、他の場所でクーデーターがうまくいかず、親衛隊SS軍団を拘束することも出来ずに失敗したのでした。しかし、ゲッベルス逮捕に向かっていたドイツ最年少で少将になったレーマー少佐もクーデターに気がつき、シュタウフェンベルク大佐の逮捕に向かいます。

この作戦の失敗の肝となるのは、ゲッベルス逮捕に失敗したこと、そして放送局を占拠できなかった事でした。当時の部隊連絡の通信を無線などを使って行っていた訳ですが、部隊の方でヒトラーが死んだかどうか確認しようとしても、正確な情報が伝わってこない状態にありました。そんな中で、ヒトラーの側近であるッベルスが放送局に行って午後6時頃に「ヒトラーが無事である」と放送を流してしまいます。そして、クーデターが失敗に向かっていきます。ヒトラーを暗殺できなかったとしても、軍隊を動かせれば何とかなった可能性はありますが、ヒトラーを暗殺できなかった上に放送局を押さえられて放送されたらおわりでした。

メディアの支配がいかに重要か

多くの人を見方に付けるには、メディアの支配がいかに重要かという事は、この「ワルキューレ作戦」を見ても分かります。放送局を押さえられたならば、もしかしたら軍隊を動かす放送を行えたかもしれなかったのです。日本の権力者などもその事を良く認識していて、勉強会などで「沖縄のメディアを潰せ」とか「経済団体に広告を出さないように圧力をかけろ」などと、メディアを弾圧したりコントールするべきと発言をしています。メディアが発信する情報というものがいかに重要かという事が分かります。

今までは、メディアと言えばテレビ・新聞が圧倒的におおくて、現在も高齢者の中でその流れが続いています。しかし、若者の多くがテレビを見なくなっていますし、新聞なんて私の友達でわざわざ取っている人を見た事がありません。特に若者が情報を受け取る媒体がインターネットに変わってきており、話題になる情報も権力者が意図する事だけではなくなってきました。また、インターネットの意見は分散する傾向もあるので、様々な意見がやり取りされて、権力者の意図通りの意見ばかりとは限らないのです。

カテゴリ: 

関連記事

税金の無駄使い3兆円東京五輪は中止