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民進党のリベラル・共産党など左派勢力の孤立

  • 8 August 2016
  • のぶやん

2015年に盛り上がった市民運動だったが、日本のリベラルは、2016年になって参議院選挙でも勝つことができず、無党派の取り込みに失敗した。学者の言う知識は正しいかもしれないが、必要なのは知識よりも『共感』だったようだ。参議院選挙で勝利も得られず、そして東京都知事選で鳥越候補を持ち上げて惨敗して、リベラル勢力が勢いを失った事は間違いないと言えるでしょう。

そうしたリベラル左派勢力の同調で多くの無党派層の票を取り込めなかった事を分析して、民進党が今後の戦略を改めてくる事が考えられます。少なくとも、民進党などの政党が選挙で勝つためには、無党派を取り込まなければならず、従来の手法で無党派が取り込めないという事は明らかになったからです。
 

自分たちの主張を繰り返すだけ

リベラル系左派勢力の主張と言えば、自分たちが正しいのだから、それに従えというような上から目線の態度だった事に間違いはないでしょう。SEALDsや高校生T-ns SOWLなど若者の一部も同調こそしましたが、多くの共感を得るまでには至りませんでした。それは、主張の内容が最後まで『安倍政権はダメです』で自己中心的なものになっていたからでしょう。

集会に集まっているのも同じ人ばかりで、毎回が同じパターンのようなやり方で共感を得られると思う方が間違っているでしょう。新しい人たちを加えていこうにも、自分たちの主張を全く曲げないで、『俺たちに同調しろ』というだけではね。俺たちに合わせろ、合わせない奴は皆攻撃だというのは、宇都宮けんじさんが言っていた『独裁』とい言葉がぴったりです。

差別主義者となっているリベラル勢力

リベラル勢力の多くは、差別に反対して差別をやめようと言いながら、自分たちの主張を繰り返して、自分たちの主張に同意しない人を攻撃しようとしています。そういったやり方では、全く運動が広がらなくても当然と言えるでしょう。安倍政権の暴走を止めるという意味で、民進党が共産党と『野党共闘』を実現しようという事になりましたが、実現したのまでは良かったけど、大した支持が得られませんでした。

自分たちの主張と少しでも違うと、それは違う!と怒って叫ぶような癖がついてしまった。そういう事を繰り返し続けると、周囲が離れていって孤立していくのだと思う。東京都知事選挙だって、鳥越俊太郎で一本化したけど同調が得られずに国政と同じやり方を繰り返して惨敗した。

問題点を指摘するのが得意

彼らに共通するのが人の問題点を指摘するのが非常に得意という事です。問題点を指摘するのはいいんですけど、何でも攻撃していたのでは、孤立するのは当然でしょう。そして、完全に孤立してしまうと、何をするにしても誰の支持も得られなくなってしまいます。

 

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お金が支配していく社会におけるリベラルの立場

  • 24 May 2016
  • のぶやん

リベラルの学者たちには、違和感がかなりある。それは、自分たちは『個性が大事だし、知性が大事だ』としながらも、学歴をやたらと重んじたがったり、軽い感じを嫌ったりするように見えるのは私だけではないはずだ。そう、彼らはずっと大学という狭い社会の中でが駆出的な研究に熱心になり、学生を相手にしてきているので、その感覚は少なくともお金儲けの世界とは、相当の距離があるものになってしまっているのだ。

学者たちの多くが『安倍政権の安保法制に反対』しており、それは大変に良い事なのだが、学者と市民には距離感が大きい。それというのも、学者たちが相手にしているのは学生であって、市民ではなかったからだ。日本の教育において、大学というものは圧倒的に20歳前後の若者が入り込む場所であって、卒業をしたらかかわりがない場所になってしまう。その事は、学者と市民の距離に繋がったと考えられます。

資本主義という名のお金儲け主義

大学というところは、基本的に学生を商売相手にしていれば良い所で、学生から高額の授業料を取って、それで学生にサービスを提供する事で完結していました。それが問題になってきたのは、国が大学に対する補助金などを渋るようになってきて、国立大学などが『独立行政法人』などという名前で、研究などに対して更に厳しい成果を求められるようになってきました。これによって多くの研究者の給与が国家公務員に準じてジワジワ削減されて、更に厳しい研究成果も求められるようになってきました。

『資本主義』と言えば聞こえは良いですが、実態としては財閥を中心とした『カネが全てを支配する社会』となっていった訳です。そうすると、昔の貴族社会みたいに税金を搾取する人たちの力がカネの力でどんどん強くなっていきます。カネの動きが鈍くなっている社会において、カネの力が更に強まっているのです。こうした動きで、カネとビジネスに弱いものから駆逐されようとしています。まるで、暗黒フィアの社会のようです。

良心が通じないカネの社会

日本に資源が少なくなって、まるで中国のように『良心で良い人から食われていく』ような歪んだ社会になっている事は確かでしょう。誰かを騙してもカネを取ってくるような社会になっていると言えるでしょう。多様なサービスが充実して、お金で何でもできるような社会になってきたのですが、お金を稼ぐ事を上手にしないと、どんどん生活の状況が悪化するようになってきました。しかも、日本の権力者などは、今まで違法だった稼ぎ方まで合法化して、自分たちの利権企業にお金を流すような事を始めてしまいました。このような社会というのは、まるで社会主義の腐敗した政治にも似ています。

学者のように難しい論文をいくら書いたとしても、それは人々に『消費』されず、それを頑張って消費してくれるのは、難しい事を懸命に学習して単位を習得しようとする学生のみです。ブログをいくら書いても広告が掲載されていなければカネにならないように、いくら学者が難しい話をしたところで、それを社会が『消費』するようでなければ、学者の給与というものが保たれる事がなくなってきました。言い換えれば、学者の役割というのは、今までの学内から更に学外に活動幅を広げて、稼げるようになっていかなければいけないということです。特に文系の学者に対して政府が厳しい立場をとっているので、文系学者は自分たちが社会の役に立っている事を強調する必要がでてくるでしょう。

個人は事業主として独立しないといけない

Youtuberのように会社に所属しないで動画で生活したり、面白い動画が思いつかなければ、料理のレシピでもいいし、風景でも良いので撮影して、お金を稼ぐ事を考えなくてはいけない時代になっています。『老後は年金を貰ってのんびりと暮らせる』という時代はとっくの昔に過ぎ去ってしまって、生きていく為には、何らかの生産活動を求められる時代になったという事でしょう。高齢者だからと言って、年金を以前のように生活費+余暇を楽しむ分まで貰うというのは、既に不可能な時代になってきたのです。それは、人口構成が歪んでおり、高齢者が多すぎる為です。

これと同じ事は、若者のにも言える事で、株主が資本家として全てを奪い取り、更に税金まで搾取されていく世の中において、個人が『自己防衛』するには、何らかの資産・資本を持つ必要が出てきています。その資産・資本をインターネット上で持つ事は、特に大切になっている時代であると言えるでしょう。

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