登山は、栗城史多さんにとって『コミュニケーションの道具』だったと思う。

  • 23 May 2018
  • のぶやん

*35歳という年齢で、栗城さんは亡くなった。登山を心から隙という訳では無かったようで、登山家としては、どこか浮ついた感じを見せていた。インターネット上では『有名な』登山家であり、『下山家』と皮肉を言われながらも、頑張っている姿に常に賛否両論があった。

登山は、栗城さんにとって『人とコミュニケーションを取る』ための唯一の手段だったのかもしれない。単独登山家に見られる孤独を好む、もしくは孤独に耐える人ではなかった。

人とコミュニケーションするためのネタ

栗城さんにとって、登山というのは、人とコミュニケーションするためのネタだったような気がしている。エベレスト登山などは難易度が高くて行っている人が少ないので、それだけで誰かが取り上げてくれたり、話題にしてくれたり、話をしてくれたりする。それは、栗城さんの孤独を埋める、1つの手段ではなかったのか。

こちらのインタビューでは、『山よりも人が好き』と話している。山を愛するよりも、人が好きという事は、栗城さんが訓練不足という事に現れている。

これが生前に配信した最後の動画になりました。栗城さんは、生前に多くのファンに愛されて動画を配信してきました。

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