テレビで「かぐや姫の物語」を見ての感想

  • 15 March 2015
  • WEB情報屋

高畑勲監督の「かぐや姫の物語」を見た感じでは、最後のお別れのシーンで流れた「音楽」が良かったです。それ以外の出来栄えと言えば、確かに悪くなかったけど、古臭い感じが否めず、面白い物語かと言えば、そうでもありませんでした。多くの人が忘れているかもしれませんが、この「かぐや姫物語」には、膨大な金がかけられています。50億円以上のお金をつぎ込んでできた作品が「この程度なのか」というのが感想です。8年間に50億円使えるとあれば、誰もがこの程度の作品を作れるんじゃないかな?と思うんですよ。


 

50億円かけた作品としては糞レベル

日本においては、アニメでも映画に製作品に50億円を使える作品というのは、多くありません。もののけ姫の制作費が21億円、千と千尋の神隠しの制作費は、僅か15億円で興行収入が304億円をあげているのです。「かぐや姫の物語」で、50億円をかけて、興行収入が51憶円(発表されているのが制作費をギリギリ超えるラインというのが怪しい)というのは、映画だけでかかった費用が回収できないという完全な失敗作なわけです。じゃあ、「かぐや姫」のキャラクタービジネスが成立するかと言えば、これからDVDなどで売り上げなども厳しいと言わざる得ない訳です。

スタジオジブリとしては、多くのスタッフを抱えている中で、スタジオを何とか動かし続けないといけないというプレッシャーの中で、4年に1回の作品を何でも良いので出さないといけないという事になっていました。しかしながら、売れっ子の宮崎駿は、今まで作品を作り続けてきたので、既に体力も落ちて、新しい発想も落ちて、既に新しい作品作りに没頭できない段階です。宮崎五郎も、「ゲド戦記」で大失敗しているにも関わらず、「コクリコ坂から」が何とかそこそこ売れましたが、評価は高まりませんでした。

高畑勲は過大評価されている

高畑勲が過大評価されているというのは明らかで、はっきり言って30年ぐらい前の作品などは「衝撃的な素晴らしい作品」が作れたと思うのですが、今では全く良い作品が作れない「単なるプロデューサーの爺さん」になった事は明らかでしょう。こんな作品に50億円もかけるのであれば、5人の若手に10億円ずつ分配して5本お作品を作らせた方が良かったでしょう。スタジオジブリとしては、高畑勲の「名声」にすがりたいだけであり、彼は名前が売れているだけで、現在はその名声にみあう実力がないと考えます。

スタジオジブリの最初の作品である「風の谷のナウシカ」での製作費用は僅か3億円。それで15億円のヒット作に持ち込んでいるわけです。今回は、50億円をかけて、ようやく21億円の興行収入だから、やってられなくなるのは当然でしょう。「かぐや姫の物語」の制作会社には、日本テレビ、電通、博報堂、ディズニー、三菱商事、東宝、KDDIなどの大手が名前を連ねていますが、これだけの興行収入しか出せないのであれば、分ける利益もほとんどないわけです。

高畑勲監督の過去の作品の興行収入としては、『火垂るの墓』が6億円、『おもひでぽろぽろ』が19億円、『平成狸合戦ぽんぽこ』が27億円、『ホーホケキョ となりの山田くん』が8億円というレベルで、大ヒットというものがありません。この程度のヒット作では、質にこだわってしまうと、宣伝費用などの問題で赤字が出るようになっているのです。

頑固者のじいさんを早く降ろせ

高畑監督は、雑談レベルの日常会話ですら、自分よがりで誰も相手に出来ないとされている人物です。「お世話になってます」と言えば、「お前をお世話した覚えなど無い」と言われる始末です。こんな頑固者の80歳にもなる高齢者を相手したいと思う人はいないわけです。宮崎駿氏であれば、それでもヒットメーカーだから映画のヒットするという事で何とかなっていくわえけですけど、高畑監督にいたっては、映画も大してヒットせず、「単に頑固なだけ」になりつつある訳です。高畑さんは、宮崎さんの夢にも出てくるというぐらいなんで、人を支配しようとするのでしょうけど、まあ、時代遅れもいいところですわ。

壮大なスケールでファンタジーを見たい

スタジオジブリの作品の特徴としては、壮大なスケールのファンタジーがあります。「風の谷のナウシカ」から始まって、「千と千尋の神隠し」にいたるまで、人々が創造できないようなファンタジーが繰り広げられています。「風の谷のナウシカは」、当時の環境問題を間接的に指摘した内容ともなっており、「千と千尋の神隠し」というのは、日本中の全国に出来た大規模温泉ブームの時期と重なっていきます。つまり、時代を的確に捉えた作品のファンタジーという側面も持っていたわけです。

壮大なスケールのファンタジーというのは、いつの時代も人気があります。現在は、「進撃の巨人」などの人気があり、「進撃の巨人」のファンタジースケール感は、宮崎駿の映画にも負けないような大きなスケール感を持っています。「スタジオジブリ」としては、進撃の巨人以上のスケール感を求められている訳ですけど、そういった作品を生み出せるほどの想像力豊かな監督が育たない。それは当たり前で、スタジオジブリが「生え抜き」であったり、「常識的なアニメーター」にこだわれば、そんなスケール感を出せる訳がないのです。

スタジオジブリの老朽化

常識を打ち破ったり、大きなスケール感を実現しようという人は、そもそも組織の内部で働いたりせず、自分で組織を立ち上げるぐらいの事をしていくわけですから。言い換えれば、スタジオジブリの老朽化ですね。スタジオジブリは、時代に必要とされなくなってきているという事です。宮崎駿が引退するなど、何とか話題を作り出そうと努力こそしていますけど、そういった「小手先だけの」宣伝だけでやっていけるのは、10年ぐらいのものでしょう。この先はどんどん怪しくなって、最後に潰れる可能性すらあるでしょう。

スタジオジブリとしては、若手や知名度に関係なく、とにかく誰でもいいので、「質の追求」を行っていくべきだったのです。アニメの質の追求を行う前に宣伝の事ばかりを考えていたので、「宮崎五郎」に監督をやらせて、ゲド戦記で大失敗をしています。ゲド戦記なんて、どこかの作品をコピーしたような作品が並べられていて、本当につまらなかった。宮崎五郎は、凡人の何者でもなくて、そこから凄まじいエネルギーとか、パワーを感じることはできませんでした。

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