SEALDsが就職なんてできなくても全く震えない理由

  • 12 September 2015
  • WEB情報屋

SEALDsが「就職できなくて震える」と発言したアホ市議がいますけど、就職するというのは、そんなに素晴らしい選択肢なのでしょうか?就職するのは、7割の大学生なんですけど、そのうち3割ぐらいが1年ぐらいで辞めてしまうそうです。3割の学生は就職しないわけだし、就職したところですぐに辞めてしまう訳です。そもそも、現段階においても「就職していない」という選択肢をとっている学生というのは数多くいるわけです。

例えば、SEALDsの奥田くんが「俺、海外の大学院に留学したいですわ」と考えて、推薦状を依頼する教授を探すとします。そうしたら、日本を代表する超有名なですね、これ以上ない学者の先生が「奥田君は、マジで素晴らしすぎて、何も言う事ないぐらいの学生です」という推薦状を書いて下さるわけで、簡単に海外の大学院に留学できてしまう訳です。そして、帰国してから外資系企業を受けるときに、「今は、政治の活動とかしてませんけど、お金稼ぐ為に頑張ります」と言えば、業績重視の外資系企業とかなら、受かる場所なんていくらでもあるわけです。別に外資が米国系企業じゃなくても、韓国系企業、中国系企業でもいいでしょう。

SEALDsのファッションセンスがいい

SEALDsが流行している理由としては、美大の学生などを入れて、SEALDsがファッションセンスを高めているという事があります。それがSEALDsの新宿デモなどにおいて登場した「シャネルの主張」というものです。2014年にパリでシャネルがプラカードを掲げて主張したものですが、それをSEALDsが新宿でも実現したものです。こういった発想というのは、単なる模倣にとどまるものではなくて、パリを新宿に取り入れるという面白さがあります。しかも、新宿の歩行者天国というビルに囲まれた空間は、まるでロンドンにいるかのような錯覚を与えます。

結局のところは、普通に見て「モテなさそう」な奴が何をやったとしても成功する事はないし、SEALDsはカメラ写りが良い人が多い(ファッションセンスが良いというよりも、雰囲気が体全体から出ているのかもしれない)ので人気があるのだと思います。ファッション性などを高めて「SEALDsの人と友達になりたい」という憧れとかを作ることが目立つ為には非常に重要なのかなと思ったりする訳です。

個性の大事になる時代

日本社会に限ったことではないですけど、個性というものが非常に大事になる社会になってきています。他人と何か違わないと、人というものは面白みや価値を感じないものなのです。他の人から見て、「この人は違う」と思わせる希少価値こそが、人間の価値を高めるうえで非常に重要になります。個性を単に発揮するだけではなくて、それを伸ばしていって他人が認めるまでにならないといけないという事です。そこまで行き着くのは、簡単な事ではありません。

多くの人は会社でサラリーマンをして収入を得るだけですが、それだと年収500万ぐらいが限界で稼げなくなってきているのです。このような社会の中で個性を発揮しなければ、一時的に収入をあげられたとしても、すぐに自分の個性が他の人と同じようなものになって埋没してしまって、他人に埋もれてしまう事になります。個性が大事になるのは、有名人・芸能人ばかりではなくて、一般人でも個性的な人のみが活躍できるようになってきているのだと感じます。

就職しない方が良く生きられる時代

国会議員が自分の頭で考える事を放棄して党の言いなりになっているならば、国会議員が多い必要はなくて、定数が50人もいれば十分という事になってしまいます。国会議員があれだけ多数選ばれている背景には、多くの国民の意見を聴きとって、それを自分なりに解釈して各自が判断する事が求められているのです。内閣の閣議決定をそのまま自民党が実行して、自民党議員であればそれに従うというような組織的なやり方というのは、民主主義的ではなくて実質的な独裁政治です。

国会議員だけではなくて、警察官もそうなんですけど、国会前の市民デモを警察が鉄柵を設けたり、拡声器を出したり、多くの警察官を並べて圧力をかけたりする事が良い事であるはずがありません。こうした組織で市民に対して弾圧を加えるのであれば、それはナチスドイツの秘密警察であるゲシュタポと何ら変わるところがないでしょう。少し間違った方向にいくとゲシュタポになります。警察官は単に命令された事だけをやれば良いのでしょうか。自分の良心で判断ができなくなったら、人間というものはおしまいです。

本当に就職できなくて震えるのは、それを発言している市議会議員が落選した後に「就職できなくて震える」のだと自分で気が付くべきでしょうね。

メディアの姿もあと5年で大きく変化する

今でも多くの動画がYoutubeなどにアップロードされており、小中学生の間では、テレビなどの芸能人よりも、インターネット上で動画を配信するYoutuberの方が高い人気になっているという事です。芸能人の名前を言えない小中学生がYoutuberの名前だったら言えるという事です。スマートフォンを使って日頃からYoutubeを見ているからです。SEALDsのデモにしても、たくさんの人が携帯スマートフォンなどを使って写真や動画を撮影して、インターネットを通じて広まっています。

スマートフォンの発達によって、市民メディアというものが自然に発生して、SNSを通じて多くの写真や動画が広まるようになってきました。こういった流れは、民主主義を加速させるうえで絶対的に役に立ちます。そして、こうした「市民メディアのツール」の流れを変えることはできません。どんどん市民がメディアとして情報を発信する側に立つことになれば、大手メディアの既得権益が崩れ去って、独裁政治が終わりになるでしょう。

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