発言小町の罠と情報トリック
発言小町に何度か書き込んだ事があるのですが、全く不正確な答えが返ってきてばかりで、その醜さには呆れ果てたものでした。情報を文字で起こすときには、書いている事に回答する為には、その背景の方がはるかに重要になりますが、正確に背景まで書き出すと膨大な量になってしまって、数百文字で書き表すのはとうてい不可能なのです。結果として、発言小町には、質問者とま全く別の人格の質問者と、それに対する表面的な回答者という構図が出来上がっているようです。
広島の爆心地はどこか?
広島の原子爆弾が落ちた時に爆心地がどこだったのか?多くの人が気になって、聞いてみたが、答える人が別々の答えをして誰一人として同じ答えをしなかったというのです。爆心地はどこであったか?原爆が落ちた直後に分かっていた人はいたのでしょうか?答えは、「ノー」です。本当の答えはどこにあったかと言えば、原爆が落ちる前に長崎から疎開した人だけが助かったという事実だけでした。
誰に聞いたところで正確な情報を知る人は居なかった訳ですし、原爆が落ちる事や、その位置などは、日本軍の中枢や政治家でも感知がほとんど無理だったという事でしょう。長崎の爆心地の近くにいて、居場所が悪ければ誰でも死ぬ可能性があったという事実だけです。簡単に言えば、絶滅収容所と同じだったのです。
言問橋を渡れば助かる
隅田川に「言問橋」という橋がかかっていて、その橋が戦争の時に悲劇の舞台となった事で知られています。1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲の際に「川の向こう側に行けば助かる」と思い込んで浅草側の人が言問橋に殺到しましたが、反対側の住民も同じ事を考えて橋を渡ろうとして、お互いに身動きが取れず、爆撃の中で多くの人が亡くなった場所です。
その時に取るべき正確な行動とは、どのような行動であったかと言えば、「東京大空襲の時に東京に居ないで疎開している」という事だったのです。その場に居なければ、空襲から身を守る最適な方法でした。しかし、そんな事を予見するのは非常に難しく、10万人という膨大な数の命が失われる結果となってしまいました。
質問しても「分からない」事はある
発言小町などの掲示板において、自分の状況で分からないと、誰かに質問すれば分かるのではないか?と多くの人が考えたりします。そこで、誰かに質問をしたとしても、多くの場合には「分からない」事の方が多いのです。「今、私は彼氏との仲が悪いのですが、どうすれば良いでしょうか?」という問いに対して、その書かれている文章の中で回答を得たとしても、それは結論を得たことにも何でもならず、質問する側も、回答する側も、単なる感情の慰めあいぐらいにしかなっていません。
解決策を探そうとして質問しても全く意味がなく、発言小町などのやり取りで解決策を求める方が馬鹿げているのです。