オスカー・シンドラー


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国家のお金も、個人の私財も人のために使うべき理由。オスカー・シンドラーの投資に学ぶ

  • 18 November 2018
  • のぶやん

日本では、腐敗した旧財閥、そして経団連に属する自動車産業などは、国民の富を吸い上げて、自分たちだけがボロ儲けしようとしています。そうした態度というのは、絶対に世界から支持される事はなく、歴史に汚点を残す事になるでしょう。どんなに上辺で良い話をしたとしても、他人の事を考えず、自分の事ばかり考える連中のした事は、後世に必ず汚点を残す事になります。

現在、日本では、若者を中心に貧困層が多数になっており、子供の貧困も深刻化しています。『自分たちだけ豊かになればいい』という考え方では、国は貧しくなる一方です。いくらお金を吸い上げたとしても、その吸い上げられる量には限界があり、最終的に周囲を全部食べつくしたタコは、自分の足を食い始めるようになるでしょう。

貧困世帯

財界人の人々が金をちらつかせて、恥ずかしくもなく日本の貧困層から更に金を巻き上げようとする姿は、もはや人間の顔をした鬼になっているとしか言いようがありません。日本国内に生存できないほどの貧困層を作り出して、それらの人間が飢えで絶滅を待っているようにすら見えます。

『みんなが豊かになれる社会』と言う昭和のうたい文句で巧みに日本人を騙しながら、NHKプロパガンダを使って日本が豊かになっているような錯覚を与えて、貧困を覆い隠すという手法は、まさに外道と悪人たちが支配する邪悪な日本社会の姿を現しています。

誰にとってメリットがあるか

何か物事をする時には、常に相手にとってメリットが大きい道を取らないといけません。それで自分はその時に損をするかもしれませんけど、将来的に見ると損をした方が大きなリターンがあるからです。自分から損をしないようにしていると、自分が困った時には、周囲が誰も助けてくれない状況になってしまいます。

自分が困った時に助けてくれるのは、以前に自分が少しずつまいておいた種なんです。もし、お金を誰かから巻き上げようと思っていたなら、自分が困った時には、誰も助けてくれなくなってしまうでしょう。

オスカー・シンドラーに学ぶ

ブルニェネツに残るシンドラーの工場

オスカー・シンドラーは、第二次世界大戦中に数多くのユダヤ人を工場で働かせて救った事で知られています。彼が儲けていたのは、闇商売とほとんどタダ同然で働くユダヤ人を使った武器製造でしたが、最終的に数多くのユダヤ人を救う事になります。オスカー・シンドラーの功績は、たまたまだったとか、彼はビジネスだけに関心があったという人もいますが、ほとんどの工場でユダヤ人は強制収容所に運ばれた中で、強制収容所にいかずに済んだユダヤ人は多くありません。

オスカー・シンドラーは、軍需工場で兵器を製造していた事と、親衛隊に多額の賄賂を贈っており、単なる綺麗ごとで人の命が救えなかった事が分かります。オスカー・シンドラーは、自分の身を守るため、工場を継続するために親衛隊とも仲良く付き合っていた事が分かります。ユダヤ人虐殺を行った収容所所長のアーモンド・ゲートさえ、オスカー・シンドラーは、飲み仲間でした。

結局、終戦を迎えた時にシンドラーのもとには、命・車・服しか残りませんでした。シンドラーは、快楽主義者で経営者としての素質がなかったうえ、タダ同然でユダヤ人を使った軍需工場は、終戦になると資産価値を失うからでした。つまり、結果的にオスカー・シンドラーにとって戦時中に行った最大の投資は、ユダヤ人たちを生存させるという投資だったわけです。オスカー・シンドラーは、全ての財産を失いました(実際には裏金として貯め込んでいたという話もありますが、いずれにしても戦後に豊かな暮らしとは程遠かった事は事実です)が、ユダヤ人に対する投資だけが手元に残り、それが戦後にビジネスで失敗した自分を支える事になったのです。

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オスカー・シンドラー

オスカー・シンドラー(Oskar Schindler、1908年4月28日 - 1974年10月9日)は、メーレン(当時オーストリア領、現チェコ領)生まれのズデーテン・ドイツ人の実業家。第二次世界大戦中、ドイツにより強制収容所に収容されていたユダヤ人のうち、自身の工場で雇用していた1,200人を虐殺から救った。

オスカー・シンドラーに見る飲み友達の有効性

  • 7 November 2014
  • のぶやん

日本の組織では、旧ナチスにも似た「統制の取れた縦割り組織」の志向が非常に強いので、必ず「いじめ」というものが発生しやすい状況になっています。そうした企業の組織内部における陰湿ないじめというものは、仲間12人を山の中で虐殺した「連合赤軍」とか言われるアホ組織と似たようなものであると言えます。背景にあるものとしては、多様性を否定した上で、好き・嫌いだけで物事を判断して、リーダーとなる人が冷静な判断を下せない状況に陥るという事でもあります。

オスカー・シンドラーは、強制所所長である親衛隊大尉アーモン・ゲートと飲み友達で、その事から様々な優遇を受けられたとされています。オスカー・シンドラーは、楽天的な実業家であり、国家を利用して儲けようとしていました。最終的に1000命を超えるユダヤ人の命を救ったとされていますが、ユダヤ人の命を救う為には、ドイツ国家権力とのコネクションがいかに重要であったかという事が分かります。実業家たるものは、権力というものを否定していては稼ぐにも稼げず、人を救うにも救えないわけなんですね。こういった傾向は、メディアも同じみたい(田端信太郎のBBC訪問記)ですよ。

助けられる人は助ける

目の前に自分の力で助けられる人がいるならば、その人を助けられる努力をするという事が大切になると考えています。確かに、全く知らない怪しい人が助けてくれと言ってくるのであれば、それは助けるべきではないのかもしれません。しかしながら、自分が知り合いであったり、友達と言える人の多くは、自分と何かの縁があるのだから、何かの縁を大切にしてコミュニケーションをとっていくのは大事であると感じます。自分に社会的な実力がついてくれば、人を自然に助ける事もできるようになってくるかもしれません。

オスカー・シンドラー自体は、工場の労働者であったユダヤ人を助けた背景には、戦後を予想して有利な立場に立ちたかったなど、いろいろと噂されることもありますが、最も重要な事は彼がいたから1000名を超えるユダヤ人の命が救われたという事実だけです。他の工場においては、多くのユダヤ人が終戦間際にアウシュヴィッツ強制収容所に輸送されて命を落としています。オスカー・シンドラーは、事業家であって政治家ではなかったので、ユダヤ人に何ら悪い感情を持っておらず、客観的に人間として見れたことがわかります。

共通項が薄くなった社会

アンネの日記で知られるアンネ・フランクの父親であるオットー・フランクは、第一次世界大戦にドイツ軍の将校(少尉)として戦地で活躍しており、ドイツ人の強いアイデンティティを持っていました。ユダヤ人としての姿もあったようですが、クリスマスを祝ったりするなど、キリスト教の習慣を強く受けたドイツ人と言うべき人でした。そんなオットー・フランクが無理やりに「ユダヤ人」にさせられて、迫害を受ける訳です。本来は、ドイツ国民として活動すべき人まで迫害していたという訳です。

恋人同士になる人というのは、共通の話題があることが多いというのが普通です。特に1つの分野において、同じ興味・関心が非常に強い場合においては、恋愛感情に発展する可能性というのが非常に強くなると言えるでしょう。例えば、サッカーが趣味の男性と、サッカーを鑑賞する事が趣味の女性であれば、最初から同じ話題で盛り上がる事ができるので、カップルとして成立する可能性が極めて高いと言えます。しかし、こうした恋愛が長続きするかどうかというのは、また別の問題のような気がします。

会社の中に見られる多様性

日本においても、職業、職種が多様化してきています。名刺を交換したところで、「何をやってるか想像するのが難しい」という人もいるでしょう。例えば、芸能人がブログを中心に稼ぐなどという具合で、本業と見られるところで稼いでいない人もいます。また、会社の中においても正社員、派遣社員、アルバイトなどという多様な雇用形態の人が働く事が一般的になってきています。雇用形態の多様化は、会社の内部における共通の話題を失わせる事に繋がりかねず、チームのマネジメントするのが容易ではなくなります。正社員、派遣社員、アルバイトの仕事に対する報酬と言うのが異なっており、それによって意識、意欲などに大きな差が出てきてしまうからです。

チームとして同じ方向に向かっていこうと思っても、正社員とアルバイトでは意識に差があり、飲み会などの開催が難しい場合も増えています。逆に言えば、これまでの日本社会においては、多様性が持てなかった(持っていてもそれを表に出すのが極めて難しい状況にあった)という事なので、会社の中に多様性が出てきた事は、日本の会社内部におけるマネジメントが大きく変化してきている事を示しています。欧米では、こうした働き方の多様化をマニュアルで支えようという風潮があり、業務のマニュアル化が盛んで、人材の代替が利くようにされています。もっと簡単に言えば、最初から日本ほどチームとして動く事(或いは個人の裁量)に期待していないという事でもあります。

話題性と人脈を広げる

会社のサラリーマンとして毎日のように似たような生活ばかりをしていると、話題が偏ってしまう事が懸念されます。様々な価値観を持った人と触れ合っていくという事が重要であるという事は、多くの人と触れ合う事によって、話題が豊富になっていくので、多くの人と共通項を探しながら楽しく会話して仲間を増やす事ができます。そういった話題の豊富さというのは、オスカーシンドラーがユダヤ人を救う事に繋がったアーモン・ゲートとの関係にも見ることができるでしょう。

ラフに付き合える人脈が多いということは、自分の考え方にバランスを持たせる上では非常に重要なだけでなくて、ビジネスで誰かと「なめらかに付き合って共通項を探す」という上でも非常に重要であると感じます。共通項を探すだけではなくて、相手の話を良く聞いて、それに興味を持っていって、相手から影響を受けると言うのも自分を伸ばす良い方法です。例えば、料理が得意な人に料理を聞いたり、ジムに通う人から影響を受けたりと、良い影響を沢山受ける事もできます。人間は、良い方向にも悪い方向にも影響を受ける事ができます。人ができない体験ができたり、興味深いエピソードがふえたり、多くの人と会話して多様な話ができたりすることは、人間性を豊かにします。

相手の話をとりあず掘り下げて聞いて見て、自分の見識を広げていくのがいい

共通の体験をする

共通の体験であったり、共通の経験というものは、仲間意識という結束を強める事ができるとされています。特に何か困難が生じた時に一緒に乗り越えた仲間というのは、かけがえの無い「仲間」として認識される事でしょう。時間の共有という点においては、一緒に遊びに行くだけでも共通の体験という事ができるかもしれません。一緒に料理を作って見たり、一緒にジムに通ってみたりと、一緒に何か活動する事に参加すれば、一気に距離を縮める事ができます。

人間というものは、もともとコミュニケーションと言うものを求めており、実生活においても誰かとコミュニケーションをとりたいと思っていますが、インターネット上でも誰かに反応してほしいと思っています。共通の仲間を見つけながら同じ体験を通じて共感しあえるというのは、人間らしい素晴らしい事であり、その体験こそが共同体としての意識を高める。歴史的にユダヤ人が迫害された事でイスラエル建国に至ったのもそうした背景でしょう。

AKB48の距離の縮め方

AKB48では、AKB劇場などにおいてアイドルとの距離が近かったり、アイドルとの握手会などが開催されるのは、アイドルとの一体感を感じる事によってファン層を増やそうというところが見て取れます。今までは、アイドルなどは会った事がないのにテレビの中で見ているだけでした。テレビの中で見るだけで共感する時代が難しくなってきていて、実際に劇場に足を運んだり、握手会をする事で一体感が生まれるようになっています。

メディアで良く言われる事ですが、本を読めば全てが書いているところを筆者の講演会にわざわざ足を運ぶのは、その体験にお金を支払おうとしているからです。多くの人がお金を支払っても体験したいと思っているのは、誰かと一体感を持ちたいという欲求の現れでもあります。

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