自社でシステム開発するのと他社に外注する違いとは?日本企業で失われた技術力


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  • 15 October 2016
  • のぶやん

三菱重工が豪華客船を自社で製作しようとして、2000億円~3000億円の損失を抱え込むという大失敗をしました。自社でノウハウを蓄積する予定でしたが、現実としてノウハウ蓄積どころか制作するのに精一杯の状況で現場は大混乱で、火災が3度も起きて度重なる延期となり、豪華客船のノウハウを活かして業界に参入するという夢はもろくも崩れ去ったのでした。そもそも、日本で過酷労働に耐えうる労働者が十分に採用できなかったので、海外の研修制度を利用して海外の研修生を大量に雇用したようですが、これもトラブルの原因となったようです。

安く外注しても良いものが出来ない理由

自社でシステム開発する時の強みは、情報共有を自社の内部に抱え込むので、改善点が出やすいという事です。逆に言えば、自社で開発を行わず、他社に『丸投げ』してしまうと、ほとんどの場合には良い製品というものが出来上がってきません。例えば、ショッピングカートのように『仕様がある程度は決まっているもの』でさえ、外注すると分かりづらいものが出来上がってきたり、ユーザーが使いづらいと感じる点が仕上がってくるという事が良くあります。

私がドミノピザのウェブサイトを使った時にも、非常に分かりづらくて、こんな糞みたいなサイト使いたくないと思ったのでした。すぐに注文できないと使いたくなくなるのが当たり前で、最近ではスマートフォン用のサイトも作らないといけないので、単なるショッピングカートと言っても数百万円から、物によって数千万円まで、かなりの予算を使わないと完成しなくなっています。更に単に作成するだけではなくて、『使いやすいもの』を作るとなると、かなりの予算を覚悟しなくてはいけません。

外注よりも内製するようにすべき

外注した場合には、仕様書の通りのものしか出来あがってきません。引き受けた先というのは、完成品が出来上がって引き渡しする事に全力をつぎ込むので、改善点が見つかったとしても別に報告する義務もなければ、新機能として盛り込むという事もしようとしません。『自社で開発したら絶対にこれは入れたい』という技術であったとしても、仕様書になければ他社の製品にわざわざ組み込んだりはしないでしょう。簡単に言ってしまえば、人の製品は人の物なので、どうでもいいのです。

いくら事前に仕様書を作って、プロトタイプを作って、それから制作に取り掛かったとしても、出来上がる完成品が中途半端であることはよくあります。その理由としては、細かい所の改善点などは、どうしても技術者が発見して、情報共有を行って、その発想を製品に反映させることが求められるからです。

製品を制作する時には、現場からのフィードバックと改善が欠かせない訳ですが、外注にお任せにしてしまうと、そういったフィードバックをしてくれるという事がほとんどないからです。よほど親切な会社であれば、『一緒に頑張りましょう』などと言ってくれたりしますが、そんなの口だけでとにかく安く製品を渡す事に集中している会社の方が圧倒的に多いです。親切ぶって相手のいう事を何でもやっていたら、技術屋さんなんてすぐに潰れてしまいますからね。

マーケットを押さえていれば外注可能

Apple社のように最上部のマーケットを押さえてブランド力を保有していれば、ある程度の仕様を固めて、それに基づいた設計図を作って外注するという事は可能でしょう。その場合には、Apple社が完全に技術仕様まで細かく工場側と話し合う事が可能で、工場側がApple社に相当に協力的でなければいけません。言い換えれば、Apple社の下請けを専門にやってくれるような会社でなければ、そのように柔軟な外注には応じてくれないでしょう。

スタジオジブリのようにアニメ制作にしても、そのブランド力と販売力があれば、自社で社員を抱えて作らなかったとしても、製作力があるアジア各国の下請け製作所に任せてしまえば、高いクオリティのものを安価で作る事ができるようになってきています。スタジオジブリに必要な社員というのは、そういった海外との交渉・マネジメントを上手にできる社員であると言えるでしょう。外部から監督を呼んできて、スタジオジブリのブランド名だけ貸して作らせて、実際のアニメ製造を海外で行うようなことが想定されます。実際にアニメを描く必要はないので、会社に10人~30人ぐらいいれば、1本の映画製作が可能になるかもしれません。

アニメーターを抱えたスタジオジブリ

スタジオジブリでは、全てを自社で手掛ける事にこだわり続けてきて、それで高い評価を得てきました。宮崎駿監督の映画作りの場として、風の谷のナウシカから30年以上も映画製作がスタジオジブリで行われてきました。しかし、スタジオジブリも宮崎駿監督の引退と前後して、アニメーターのリストラを進めていると報道されています。これは、ストーリーを監督が組み立てたとして、アニメーターはその通りに描けば『ある程度のヒット作品ができる』という事が判明したからであり、必ずしもコストをかけて自社で社員を雇い続ける理由がなくなったという事でもあります。

スタジオジブリの社員は300人ほどいるとされていましたが、その社員スタッフを雇い続けるには、映画を4年に1回のペースで作り続けなければならず、しかもヒットさせないといけないというプレッシャーがあったようです。もちろん、今までのスタジオジブリでは、ヒット作を連発してきたので儲かっていましたが、これからそれと同じようにやっていけるかは分からない訳です。結局、スタジオジブリは次回作が決まっていなかったので、それまでアニメを作り続けてきたスタッフの半数をリストラしたのでした。スタジオジブリとて、宮崎駿監督の夢を実現する場所であり、アニメーターというのは、その為の低賃金労働者でしかなかった訳です。

そうやって飛び出したヤツも何人かはいる。今残ってる連中はジブリという組織、会社員一般で言えば会社の名前に守られてるだけ。外に出てやっていく自信はないんじゃないかな。押井監督談

これに対して、スタジオジブリをリストラされたという田村淳さんという映像制作の元スタジオジブリ社員さんは、ツィッターで『この年まで貢献してきたのに使い捨てられて、再就職も出来ない』と嘆いていました。ネット上では、『監督が億単位稼ぐための奴隷システムだった』という声が聞かれていましたが、確かにその通りかもしれません。名前が通った監督だけが儲かっている傾向は、ハリウッドでも変わりません。

人は育てるのではなくて自分から育つ

スタジオジブリで最初に少し映画製作、動画制作などを学ぶのは悪い事ではないのかもしれませんが、『優秀な人』であれば、自分の映画というものが作りたくなってスタジオジブリから独立して『自分の作品を作る』のでしょう。スタジオジブリで映画製作を続けていたのでは、宮崎駿監督のいう事を実現するだけの駒になってしまいます。自分の世界観と言うものを持って、自分の映画を実現する場所を求めてスタジオジブリを若いうちに旅立つ方が自分の世界を実現するのに近いはずです。

新しい映画製作でヒットするのは、10年、20年前よりも更に困難になってきています。映像制作などに多大なコストがかかるという問題ばかりではなくて、日本が少子高齢化が進行しているので、新しい市場が創出されない中で、同じパイを奪い合う状況になっているからです。だから、独立してやっていくのは本当に難しい時代ではありますが、それでも才能ある人は独立していくでしょう。たとえ、自分でやって失敗したとしても、

そもそも会社などというものは、才能がある人ほどすぐに見切りを付けて辞めていくので、最後まで自分を切り売りできる労働者しか残らないのは当然です。永遠と下積みなんてしていたら、人生は短いのですぐに50歳、60歳になってしまいます。そうなる前に若いうちから自分の世界を切り開いていく事が必要なのです。もちろん、基礎力が必要な事はいう間でもないでしょうけど。

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