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原一男監督「ゆきゆきて、神軍(1987)」を見る。

  • 24 December 2023
  • のぶやん
ゆきゆきて進軍

原一男監督「ゆきゆきて、神軍(1987)」を見る。

この映画の面白さは、奥崎謙三が刑事役になって、2人の若い兵士を殺害したという犯人を突き止めるという「サスペンスドラマ」に仕上げられている点だ。奥崎謙三もそれを意識して、真実を暴こうと奮闘する。時には、暴力を使ったり、警察を自分から呼んだりすることで相手を脅して、真実を話せと迫る。

奥崎は1920年兵庫県生まれで、当時60代。ニューギニアのジャングルで1300人いた部隊で帰国できたのは100人ほどでした。その多くは、飢餓の中で死んでいます。特に終戦前の1年間は、酷い飢餓状態にあったことで、多くの兵士が命を落としています。

捕虜になった奥崎謙三

奥崎謙三のグループは、村人の食料を奪いに行きますが、返り討ちにされて捕虜になります。奥崎謙三自身は、捕虜になったことによって、人肉を食べることを免れることになります。奥崎謙三が捕虜になってから、1年以上もこの部隊は飢餓に苦しむことになり、人肉色が日常的に行われ、時には「戦友」を処刑して肉を食べるということまで行われました。

元兵士に対する吊し上げ

奥崎謙三が、飢餓ニューギニアで殺人・人肉を食べた元兵士を責めて「吊るし上げる」内容だった。主役は、奥崎謙三でなく、旧日本軍の元兵士たちだと思う。吊し上げにあった兵士たちは、極悪人でもなければ、ただ「戦場で生きようとしただけ」の元兵士たちだった。戦争がなければ、普通に暮らしていた人たちだろう。

奥崎と同じ中隊にいた山田吉太郎が「独立工兵第三十六聯隊行動記録」という小冊子を出しており、帰還兵50名の住所が記載されていた。原監督が1人1人を訪ねて歩いて、その部隊で起こったことを聞いて回った。奥崎は、その人たちを訪ね歩いて、吊るし上げを行った。

終戦後に起こった殺人事件

妹尾幸男、妹尾実、原利夫、会川利一、浜口政一 現場で古清水が命令したということを突き止めました。

使い物にならない奴は殺された

部隊の中で、使い物にならないと判断され奴は、部隊内部で殺されて食料にされるという内容だった。戦争で戦うことなどどうでも良くなり、とにかく多数で少数を「襲って食べる」ような状況が起こっていたということだ。自分の味方の兵士が少なくなると、集団で襲われる「食うか食われるか」の世界が展開されたことが語られている。敵と戦っているのではなくて、味方であったはずの人間同士が殺し合いを行っていた。

 

マディソン郡の橋は、現実で起こりうるのか?

  • 14 January 2022
  • のぶやん
キスする男女

「マディソン郡の橋」は、1995年にクリントイーストウッド主演で映画化された男女の不倫を描いた映画です。

あらすじは簡単で、都会から田舎にきた男性が、夫と子供が旅行に出ている女性と4日間で恋に落ちるというものです。

4日で恋に落ちるのか問題

いくらクリントイーストウッドがイケメンだからと言っても、わずか4日間で恋に落ちることがあり得るのか?という話です。

夫に飽きている妻は、ぶっちゃけていえば、クリントイーストウッドじゃなくても、自分を慰めてくれる存在であれば、誰でも良かったんじゃないか?と思わなくもないですね。田舎の生活に息が詰まりそうで、そこから救って欲しかっただけかもしれません。

実際、どこの誰かも分からない男性が、自分の夫が不在中に田舎をウロウロしていたら、恋愛どころか「不安感」が先に来ると思うんですね。

自分の話を聞いて欲しい女性

田舎町で誰も自分の話を聞いてくれる人がいない中で、久々に自分の話を真剣に聞いてくれる人に出会った喜びは大きいでしょう。

そして、女性が求めていたのは、「ただ単純に話を聞いて欲しかっただけ」ということで、そこから救い出して貰うことではなかったのです。それは、作品の最後クライマックスで明らかになることです。

男性は、物事を解決して女性を解放してあげようとするけど、女性は「話を聞いてもらうだけで十分」だと思っていたわけです。もう、事態の好転を望んでおらず、今のままでいいと。長年をこの田舎町で過ごした女性には、もはや人生の選択など「田舎町で継続して過ごす」以外にはないのです。それ以外の選択肢をとれないんです。

ヒーローになりたい男性

男性ならば、「この女性をこんな場所から救い出せるのは自分だけだ」と思い込むかもしれません。こんな田舎町で人生を終えるなんて嫌だろう?私がもっと楽しい場所(都会)へ連れて行くし、一緒に楽しい人生を過ごそうよ。という男性に確かな説得力はあります。

女性としてみてくれる男の存在

田舎では、もはや1人の女性として見られるよりも、「お母さん」として見られるでしょう。そこに女性として見てくれる男性がいたら・・・「この男性と何かホニャホニャしてみたい」と考えるのも無理もない話です。子育てはしているけれど、男性にはときめいてしまって、恋愛感情は独身の頃と何も代わっていないのです。

 


マディソン郡の橋(字幕版)

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クリエイティブの時代!短編映画のTokyo!の感想から

  • 7 October 2015
  • のぶやん

Youtube上で参考にするためにいろいろな自主映画作品を見ていた時に「シェイキング東京 (2008) オムニバス作品『TOKYO!』」という作品をたまたま見たのだけど、これが衝撃的に良かったです。シナリオ、解説の面白さ、カメラワークの良さ、ストーリーの自然さ、どれをとっても面白みが溢れる作品になっていました。監督はもちろん凄いと思いますけど、カメラ担当の福本淳さんのセンスも素晴らしいです。例えば、家から出てきて自転車を触ってから拡大して家を映し出すシーンの衝撃とか。映画としては、単なる「ひきこもり映画」なんですけど、その細かいところへのこだわりが、映画の世界を広げています。狭い家の中で迫力のあるアップのシーンが連続します。

カメラワークが解説とぴったりと一致していて、驚くべき効果を出しています。例えば、トイレから「テレビもみない」と言ったセリフが流れる時にテレビの方にカメラがそのまま動くんですね。普通は、ここをテレビに切り替えますが、そこをカメラを横に流してしまうあたりの工夫がすさまじいと感じました。更に言えば、竹中直人が登場してくるシーンで素足で上がってくるのですが、足が水に濡れたところを映し出すカメラワークなど。

香川照之さんの演技も絶妙で、いう事なしです。香川照之さんは、半沢で大和田常務をやった事でも有名ですが、「ひきこもり」から、銀行役員までこなせる幅の広さは、竹中直人のように凄い俳優です・・・と思ったら、竹中直人さんもこの短編映画に出演しているのです。そしてヒロインとして登場する蒼井優さん。無駄に音楽などが流れず、静かに小さな世界が展開されているわけですけど、その中でくっきりとした音声だけが流れていきます。これが映画かと思わせる作りです。唯一の欠点としては、香川照之さんに太陽が当たってしまうシーンでは、香川照之さんがいかに上手に演技をしてもひきこもりじゃなくて、体型と表情から「リア充」に見えてしまうことぐらいでしょうか。撮影側は、そこを意識して光を強めに当てたり、影を追いかけたりしています。

自分の作品を懸命に作りながら他の人の作品を見ると、全く別の視点から見ることができるなと思ったりします。あと、早起きして午前中にインターネットで遊んでいたから、良いものが見つけられたのかなと思ったりもします。



 

年収100万円時代とも言われていますが、目先のアルバイトなどをするよりは、何か「クリエイティブなものを1ヶ月かけて作りだす」という事に情熱を注ぎこめば、人との差別化ができていくのかもしれないですね。人との差別化というものが何よりも大事な視点であるような気がします。誰でもできるような事であれば、それはアルバイトが担う事で年収100万円の奴隷がやることですから。良いものに絞ってみていかないと、Yahoo!などで配信されるニュースとかばかり見ていると馬鹿になるなと思ったりします。

1ヶ月じゃあ難しいかもしれないけど、1年かかってやれば、ほとんどの事は出来るような気がします。自分で音楽を製作することだって、自主製作の映画を作ることだって、ファッションセンスを磨くことも、体を鍛え上げる事もできます。全力でそっちの方に取り組めるかどうかがキーポイントになるのだと思います。


Shaking Tokyo - シェイキング東京 - 흔들리는 도쿄 - (2008...


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映画『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』が噂通りのつまらなさ。

  • 6 October 2015
  • のぶやん

インターネット上で凄い失敗作品と言われた映画『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』を見たのですが、さすがに噂通りのつまらなさでした。自分の目でしっかりと映画を見たうえでレビューしようと思って、映画を見たのですけど、やっぱり評判通りのつまらなさ。

いいカメラをつかっているのか、画面自体は綺麗に仕上がっているし、CGも良くできているとは思いますが、それだけです。ストーリーが優れている訳でも、奥が深いわけでもなかったです。単に混乱した中途半端な世界を描いたという感じで、何だか「ゲド戦記」みたいな非常に中途半端でつまらない作品になっていると思いました。

映画で表現しきれていない細かいところ

巨人の表情などが人間すぎて、アニメの進撃の巨人とのギャップがあって、リアル感じが欠けていました。あとは、見せ場である立体起動装置なども、表現しきれていませんでした。更に言えば、中世の雰囲気を出すために馬に乗るシーンがまったくなくて、装甲車に乗ってる時点で、もう終わってます。中世の街並みで装甲車に乗っちゃったら、雰囲気はぶちこわれてしまいます。装甲車という大型の車を作るには、それなりの技術力・生産力が必要で、資源も爆薬もないという状況で不自然すぎます。

監督の実力不足なのでは?

樋口真嗣監督というのは、ゴジラをやったことがある監督だったらしいのですけど、進撃の巨人の世界観というものをほとんど理解できていなかったのだと思います。巨人が出てきた時にゴジラのような音楽では、全然雰囲気が合わないのです。本当に恐怖を感じる時というのは、静かな音楽が合うという事があるでしょう。

映画評論家の前田有一さんも試写会を見て酷評していて、それを樋口真嗣監督が「何をどう考えたらそういうキチガイじみた筋書きになるのか」と切って捨てた上で、100点満点の40点と酷評しています。


PVの出来が非常に良くない

どのPV製作会社が作ったのか分からないですが、PVの出来栄えとしては映画よりも最低レベルで、素人が作ったレベルです。カメラワーク、音響、ナレーション、そして画面の切り替えの全てにおいて非常にレベルが低いPVに仕上がっています。ナレーションと画面も全くマッチした感じがせず、それが致命傷になっていると思います。途中に「屈辱を」というシーンで黒い画面が入るのですが、それからすぐにまた黒い画面を入れて、バランスも非常に悪いです。そして、「東映」の文字が入るときの非常に不自然な音楽。これは、ゴジラを作っていたという経験がある監督が進撃の巨人とゴジラをごちゃまぜに考えた結果だと思います。

進撃の巨人で表現されるのは、中世の雰囲気が出ている中での悲劇なので、音楽がもっと中世の静かなオーケストラとかクラシックのイメージで構成されるべきなのだと思います。このPVは本当に大失敗。作った人は素人。物語に深みを出すためには、やはり舞台装置・舞台設定をしっかりとできないといけないと思ったのでした。雰囲気は完全に中世で、しかも魅力的な街並みとか雰囲気だって進撃の巨人に出てくる訳です。そうしたものを無視して勝手に世界観を作り上げようとしているので、中途半端で陳腐なものしかできていません。

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