PVを上げても稼げないのではなくて、PV集めが難しすぎる
数年前だと、NAVERまとめなどでも注目されるような記事を作ったら、それだけでサクサクとアクセスが集まりましたが、今では似たようなまとめサイトも大量にあるし、そもそもWordpressで書かれる記事も膨大なので、アクセスが簡単に集まらないようになっています。Twitter、Facebookに流れる記事というのも増えていますが、とにかく記事の本数が増えて競争が激化しているので、アクセスを大量に集めるのが難しいのです。
PV至上主義は終焉していない
イケダハヤトなどがPVを稼ぐことをやめて、Noteなどで稼ぐとしており、一部のファン層を開拓する事で稼ぐ方にシフトしていくとしています。確かにそれはお金を稼ぐという面では良いのですが、メディアとして宣伝媒体の価値を考えた時には、『多くの人にアプローチをかける』という強みというのは、やはりPVだったりします。まあ、Noteで1000人もコンテンツ買ってくれるなら、私も確かにNoteに転向しちゃうかな(笑)
News Picsの佐々木氏も『PV至上主義は終焉する』と言っていますが、PVというのは多くの人が見る媒体なので、課金が多くなってもやっぱりPVの重要性というのは保たれるのではないかなと思ったりします。PV至上主義が終焉するというよりは、PVが分散されて集めづらくなるので、PVだけでやっていけないメディアが課金に移行する必要性が出てくるという事だと思います。
インターネットメディアの多様化
インターネットメディアでPVと言えば、それはページがどれぐらい見られたかという事だったのですけど、動画などのコンテンツが大量に見られるようになると、状況が大きく変化していくと思うのです。テレビメディアではできなかった事というのは、新聞メディアではできなかったことというのは、記事と動画の同時展開です。記事の中に動画を挿入して、そこで動画を楽しんで貰う事ができます。テレビでは実現不可能だし、新聞紙面上に動画や音声を掲載する事も不可能です。
『いい音楽があります』と音楽の紹介を行った後から、動画の挿入を行って音楽を聞いてもらったり、講演会の動画を解説・書下ろしと同時に楽しむという事も可能になり、画面上で様々な展開が出来るわけです。簡単に言ってしまえば、動画と解説を1つの画面に収めるのがテレビであり、1つの映画を集中してみるのが映画館、そして何でも出来るのが液晶ディスプレーです。
クオリティの高さは自分の基準で決める
映画館に行って、お金を支払って映画を見た後で、ある人は『楽しかった』と言うだろうし、ある人は『つまらなかった』というかもしれません。同じ映画を見たとしても、人によって全く感じ方が異なるのです。マクドナルドを美味しいという人もいれば、全く食べに行かないぐらいマクドナルドを嫌いな人もいるでしょう。『価値観の問題』というものがはっきりしてきて、自分の価値観に合わないものにお金を出す事がない社会です。